恐怖の時間

「よし、こんなところかな。ひかり休憩にしようか」

それまで金槌を片手に釘を打っていた真奈美が、背後で作業をしていたひかりに声をかけた。

「うん、そうだね。買い出しに行った2人ももう時期帰ってくるだろうし、休憩にしようか」

部長であるひかりが、ぱんっと手を叩いたのを合図に教室内の空気が弛緩した。

今は秋のコンサート――正式には学際と呼ばれるものだが、そのセットの準備中だ。途中、セットの材料が足りなくなるハプニングもあったが、下級生の2人がその不足分を買い出しに行っている。

そろそろその残っていた材料も底を尽きかけてきたタイミングの休憩。

やっと休憩できると、くるみは教室の隅に追いやった椅子に座り一息つくことにした。

上級生の6年生ではあるが、身長がちょ~ぴり低いこともあり、他の人より色々と大変なのだ。そう、ちょ~ぴり低い。一番低いわけではない。念のため。1位タイというやつなだけだ。

身長が低いということは、それだけ同じ作業でも体力を消耗しやすくなるということ。

くるみが直感的に座る場所を間違えた、と気づいたのは引戸が引かれた瞬間だった。

「ただいま戻りましたのですよ!」

元気いっぱいに腰まである金髪を揺らして、5年生のキャロルが飛び込んだ。

「あ、おかえり、キャロルちゃん。お使いありがとう」

すぐに、ひかりがキャロルに近づきお礼を言った。

「大したことないのですよ」

ひかりにビニール袋を渡しつつ、ドヤ顔を浮かべるキャロルに、続けて入ってきたこれまた金髪の――こちらはツインテールだが、の少女が呆れ顔で呟く。

「本当に大したことないけどね。はい、ひかりこれで全部よ」

「夢叶ちゃんもありがとう」

そこに真奈美も加わり、三人は作成中のセットの方へ向かった。買って来たものをこれから作業しやすいように分けるようだ。

自然、残ったキャロルが正面にいた少女くるみを射抜くのは当然の流れだった。

「くるみさ~ん見つけましたです!」

「見つけて欲しいなんて言った覚えはないんだけど!?」

距離を詰めてくるキャロルに、くるみは条件反射で立ち上がって身構えた。

「くるみさんは、キャロルに良い子良い子してくれてもいいですよ」

じりじりと間合いを詰めてくるキャロルに対し、くるみは後ずさろうとして壁に当たった。ここに来て教室の隅にいたのが仇になった格好だ。

なおも距離を詰めるキャロルに、くるみは周りの状況を確認した。

ひかり、真奈美、夢叶の3人は一番遠いところで作業中。乃愛はどうやら自分の世界に浸っている。透と麗子に至っては、この状況を楽しんで傍観している風に見える。

「ちょっと、助けようとは思わないの!?」

「楽しそうでボクは嬉しいよ」

「部員同士仲良しさんは良いことだと思います~」

全く期待できない2人だった。

残りの部員の葵はすでに保健室にリタイア済み。いよいよ絶体絶命のピンチである。

そうこうしている間にもキャロルとの距離が縮まってきている。

後ろは壁、右も壁。一か八か左に逃げるしかない。くるみは意を決し、全力で左に駆けたと同時にキャロルもまた逃がすまいと飛びかかった。

「ぴぎゃ」

思わず変な声が出た。

背中に覆いかぶさる形で、キャロルに押し倒された。

くるみはそれでも諦めず脱出を試み、地面を這うが、がっちりホールドされて上手く進めない。どころか、何か違和感があった。

「おお、これは……」

キャロルが驚いた反応をする一方、どこか真剣な顔つきだ。

「ちょ、やめっ――あっ――」

反面、くるみはどこか色っぽい声をあげる。

「くるみさんはこっちも小さいです~」

言いながらキャロルの手が無慈悲に動かされる。

「小さいって何よ! これからちゃんと大きくなるわよ! ――てか、人の胸をいつまで揉んでるのよ!!」

「女の子の特権なのですよ。くるみさんのお胸さんも可愛いのですぅ」

もみもみもみ。

「あひゃひゃひゃひゃひゃ。ちょ――ほんとにやめてっ、やっ――!」

キャロルにされるがままに遊ばれていると、くるみの頭上に影がかかった。

どうしていきなり暗くなったのか顔を上げると、そこには麗子の姿があった。

助けてくれるんだ、とくるみは安堵したが、同時に麗子に訪れた変化を感じ取ってしまった。

「麗子……ううん、麗子さん、何か目が怖いんですけど……」

まるで魔女だ。何か得体のしれない、それまで知っているどの麗子とも違った姿の彼女がそこにいた。

「今の動きよかったです。もう、今ので体が疼いて仕方ないのです」

じりっと近づく麗子に、キャロルも恐怖を覚えたのか、そっと背中から離れて逃げ出した。

――が、しかし、麗子の同じ人間とは思えない俊敏な動きに捕まりキャロルはそのまま押し倒されてしまう。

「キャロル!?」

くるみは押し倒されたキャロルの身を案じたが、今すべきことは逃げることだったのだと遅まきに気づいた。

麗子が首だけを捻り、くるみを視界に捉えた。

「え――、麗子さん、冗談ですよね――目が、目が怖い……」

倒れたキャロルを解放し、しりもちをついた状態で後ずさるくるみに、麗子がにじり寄る。

「ふふふふ、次はくるみさんの番ですよ――」

「い、いやああああああああああ!!」

こうして悪夢の時間は終わりを告げた。

「さっきからうるさいんだけど」

という夢叶の冷静なツッコミが薄れる意識の中、教室に木霊した。

 

終わり

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